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お地蔵さん

料識亭(ころんぶすのたまご)
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「知識の組み合わせ遊び」へ と 「風土の探検」へ
2026年2月18日(水)
厚木 元山王社の山王権現を祀る「知恩寺」
 江戸時代には、智恩寺境内にあった山王社にまつられていた懸仏(かけぼとけ)が、現在では本堂の中に保存されています。

 山王権現とは、日吉神社・日枝神社の祭神であり、権現とは仏・菩薩が化身してわが国の神として現れることを意味しています。

 また懸仏は銅などの円板上に、仏像・神像を半肉彫りにあらわし、柱や壁などにかけて礼拝したもので、特に鎌倉時代から室町時代にかけての資料が多く見られます。

 智恩寺の懸仏は、中央の仏像を、左右に配された猿が拝む形式であり、刻まれている銘文から寛永13年(1636)に荻野の鋳物師である森久左衛門重久が鋳造したことが分かります。
知識の組み合わせ遊び・風土の探検 履歴

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その他 特 集

相武台公民館にて「台湾少年工と高座工廠」
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 参考にした書籍・場所
 
六地蔵のいわれ

 小野篁(おのの たかむら)は嘉祥二年(849)、熱病で意識を失って地獄に行き、そこで一人の僧が責苦に苛まれ苦しむ人々を救っているのを見た。僧は「私は地蔵菩薩である」と名乗り「六道の迷いの世界を巡りながら縁ある人々を救っているが、縁のない人を救うことはできず残念だ。貴方はこの地獄の有様と地蔵菩薩のことを人々に知らせてほしい」と語った。それを聞いて蘇った篁は、一本の桜の木で六体の地蔵菩薩像を刻んで大善寺の地に納めたことから、ここを六地蔵と呼ぶようになりました。
 鎌倉時代から室町時代にかけての懸仏は、仏像を別に作り円板に取りつける形式ですが、智恩寺の懸仏は円板部と仏像を一度に鋳造するという手法であり、同形態の懸仏は、市内林・温水などでも確認されています。
 戦国時代から明治初期に至る間、下荻野は鋳物師集団の活動の地として知られていましたが、この懸仏は江戸時代初期の鋳物師である森氏の作例として貴重です。
「天台教義を表す「山王」という文字の意味」

〈山王〉の山の字は縦が三画、横が一画で、王の字は横が三画、縦が一画。天台宗の教義である「三諦(締は真理)即一」の理を表すといわれています。あらゆるものごと(諸法)の本質は空であり〔空諦〕、空であるが仮に存在する〔仮諦〕、諸法は空でもなく仮でもないことを中の存在〔中諦〕という。この(三諦〉が完全に融合し、ひとつになる〔三諦即一]ところに真実の姿がある、と説いています。これは〈一心三観〉、〈一念三千〉の天台の教義を山王明神が託宣したものだというのです。