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お地蔵さん

料識亭(ころんぶすのたまご)
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「知識の組み合わせ遊び」へ と 「風土の探検」へ
2026年9月16日(木)
厚木 弘法大師の伝説、荻野川「秋葉神社」
 荻野川の“源氏河原”と呼ばれるあたりは、不思議なことに毎年夏になると、川の水が枯れちょうどサト芋の収穫時期なのにその芋さえ、洗うことができなくなるのだと言います。それには、こんな言い伝えが今でも残されています。

 今から約1200年前(8百年代)、全国を行脚していた弘法大師は、ある夏の日、この荻野にさしかかりました。

 すると、一人の農婦が、源氏河原で取りたてのサト芋をざるで洗っていました。

 土手の上から、それを見た大師は、イモを洗う農婦の見事さに見とれてしまい、いつの間にか、その農婦の後ろまで近寄っていました。

 そして、丁寧に頭を下げた大師は、その農婦に「私は旅をしている者です。

 この辺りは山が多く、宿屋もありません。

 すまないが、そのサト芋を恵んではくれませんか」と話し掛けました。

 ところが、その農婦は「このサト芋は石のように硬いので食ぺられません。水も少ないので……」と、大師(頼みを何となく断わりました。しかし、…………
知識の組み合わせ遊び・風土の探検 履歴

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 参考にした書籍・場所
 






 秋葉神社は、火伏の神として全国に400社ほどあり、総本宮は静岡県にある秋葉山本宮秋葉神社です。祭神は火を司る火之迦具土大神(ひのかぐつちのおおかみ)でです。明治までは秋葉大権現といわれる仏教寺院で、秋葉山三尺坊が信仰を集めていました。
 古代は秋葉山をご神体山としていましたが、秋葉山本宮秋葉神社の社伝によれば、709年に社殿を創建とあり、岐陛保神ノ社(きへのほのかみやしろ)といわれたらしい。
 「秋葉山縁起」によれば、718年に行基によって行基作と伝えられる聖観音像を本尊として大登山霊雲院が開山され、別当寺として一山を支配したとあります。弘仁年間(810~823)に嵯峨天皇の勅願によって七堂伽藍が建立されると、秋葉山霊雲院秋葉寺と改称され、その後修験道が盛んになると、天狗の住む山といわれるようになりました。
 秋葉三尺坊大権現が火伏の神として全国的になるのは徳川綱吉の頃からで、秋葉山三尺坊が火伏に霊験あらたかとして宣伝されてからです。秋葉講が組織され、とくに火事の多い江戸では多くの秋葉講が結成されて、町の各所に秋葉山常夜燈が設置され、家々の軒下には秋葉大権現のお札が張られるようになりました。大勢の参詣者が秋葉大権現を目指すようになって全国各地に広がっていきました。