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料識亭(ころんぶすのたまご)
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「知識の組み合わせ遊び」へ と 「風土の探検」へ
2026年2月14日(土)
鎌倉 もと光触寺の鎮守社「十二所神社」
 この神社は昔、熊野十二所権現社(ごんげんしゃ)といって1278年(弘安元年)には光触寺(こうそくじ)の境内にありました。

 1838年(天保9年)に今の土地を寄付する人がおり、当時30戸の村人の協力で神社を移しました。

 明治になって神仏分離(しんぶつぶんり)となり、天神七柱(あまつかみななはしら)、地神五柱(くにつかみいつはしら)の十二柱の神様をまつり、社名を十二所神社と改め、今日に至っています。

 社殿に向かって右手に小さい社(やしろ)が三つ、山の神社・ほうそう神社・宇佐八幡社(うさはちまんしゃ)と並んでいます。

 鳥居の右に百貫(かん)石といわれる石が置かれ、その右奥に神楽(かぐら)殿があります。

 百貫石は、実際には28貫(約112kg)あり、以前は、祭のときにこれを持ち上げたり、かついだりして自慢した人もいたそうですが、今はためす人もいません。

 また、左側には地主(じぬし)神をまつる社もあります。

 鎌倉市教育委員会発行「かまくら子ども風土記(13版)」より
知識の組み合わせ遊び・風土の探検 履歴

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 参考にした書籍・場所
 
熊野権現:「霊験あらたかな熊野に鎮座する山の神」

阿弥陀如来・薬師如来・観音菩薩を本地とする熊野三山
 熊野権現は和歌山県、紀伊半島南端の熊野本宮大社(本宮町)、熊野速玉大社(新宮市)、熊野那智大社(那智勝浦町)の三社をさし、(熊野三所権現)ともいわれる。本宮・熊野坐(にます)神社は家都御子神(けつみこのかみ)=素菱鳴尊(すさのおのみこと)、新宮・熊野速玉神社は速玉男神=伊邪都岐命(いざなぎのみこと)、熊野那智神社は夫須美神(ふすみのかみ)=伊邪那美命(いざなみのみこと)をそれぞれ主神としている。
 三つの神社はたがいに他社の主神を勧請して三神を祀るようになり、現在はどの社でも〈熊野三所権現〉が祀られている。
 三山創立の時期は古いが、平安時代初期に修験道が成立して以来、熊野三山は山岳仏教修行の道場として重要視されるようになり、本宮の阿弥陀如来、新宮の薬師如来、那智山の観音菩薩を本地仏とする熊野信仰が広まった。
 熊野の地自体が観音の〈補陀落(ふだらく)浄土〉熊野三山の信仰は都人にも広まり、皇族・貴族から庶民にいたるまで、熊野詣がさかんになっていった。
 疱瘡神(天然痘をもたらす疫病神)と宇佐八幡。

 昔の人は、疱瘡神を丁寧にお祀りする事によって天然痘の流行を抑えようとし、もし感染したらその症状を和らげてもらおうとした。