上磯部の新磯踏切そばにひっそりとたたずむ小さなお宫があります。厳島神社(水神様)です。皆さんは、厳島神社といえば海中の大鳥居や荘厳な社殿で有名な安芸の宮島を思い浮かべられることでしよう。2年前の大河ドラマ「毛利元成」では終盤の舞台となり、近年の世界遺産登録が拍車をかけたことからそのイメージは一層強いと思われます。
では、なぜ磯部の地に厳島神社があるのでしょうか。市内はおろか周辺の市町村を見渡しても極めて珍しい存在の同神社。先にも書いたように、水神を祭る弁天信仰と結びついています。実際、今の場所の北隣りには鳩川用水路があり、その観が認められます。しかし相模国には著名な江の島弁天があり、わざわざ遠い西国の厳島社を祭る必要はないと思えます。
そこで興味のある指摘を紹介します。それは、毛利氏(大江氏)との縁です。毛利氏初代は、鎌倉幕府評定衆を務めた大江季光(すえみつ)で、父広元(ひろもと)の領地毛利荘(現厚木市)を譲られました。広元は源頼朝に請われて鎌倉に下向する前、安芸介(あきのすけ-安芸国副長官)に任じられていました。その関係で任国の一の宮である厳島神社を大江氏は信奉するようになったという説。さらに磯部が広元家臣の管理下にあったと目されるため、大江家、のちに毛利家の安泰を願う社が村内に築かれ、紆余曲折をへて現在地に納まったと考えるのがその理由です。