開基は融海意観が1345~1349年の頃に開いたと伝えている。本尊は阿弥陀如来。1489年の古い記録には、「大日本備後御調群栗原保尾道之浦御所崎宝土寺之を」と記している。
寺に西側の鳥居のある一劃は吉備津彦神社、俗にいう一宮さんで、毎年11月3日文化の日に、尾道全市の子供たちを湧き立たせる奇祭ベッチャー祭の祭神で、ベタ、ソバ、ショーキーはこの神社から繰り出すのである。
本堂の建物はありません。その代わり、空間的にはのんびりしています。
このお寺さんは本来の本堂がない(敷地のみ)。
かわいそうなことに本堂の建設資金がたまったとき、明治になり藩札が使用不可になり、価値がなくなってしまった。そのため、本堂を建てることができなくなってしまった、とか。
藩札について
明治6(1873)年、新旧公債証書発行条例という法律が公布され、旧藩が抱えていた藩札、藩債の処分方法を取り決めたもので、藩札、藩債の処分方法の主なものは、
①幕府が棄捐(きえん)令を出した天保14(1843)年以前のものは破棄する
②旧幕府や個人に属する負債は、償還の対象外にする
③藩債は、慶応3(1867)年以前と以降を区分して、政府が償還する(償還割合は別途 定める)
でした。